■にっぽん考・・・漁師魂は食われん(2002/3/17 朝日新聞朝刊)
滋賀県守山市の遠藤満夫さん(55)は、琵琶湖の漁師になって22年になる。アユやニゴロブナを追って日々を暮らす。なかでもスイカに煮たアユのにおいが好きだ。漁船が「エリ」と呼ばれる定着網に近づくと、風に運ばれるにおいで豊漁かどうかわかる。そのアユが、外来魚ブラックバスの被害を受けるようになって久しい。(大津支局・下地 毅)
遠藤さんの手の指は、かもぼこみたいに膨らみ、ガチガチに堅い。網を引いて皮が剥がれ、再生した皮がまた破れる。仲間から「いい漁師の手」と言われる。
早春、遠藤さんと戸田直弘さん(40)、北村勇さん(52)、今江光夫さん(52)の漁師4人でつくる「渚組」に同行した。
午前5時、漁船2隻で沖に向かった。長靴の底からじわりと凍てついてくる。近くでゴイサギが飛び立った。
5分後琵琶湖大橋の北側にある長さ約450メートルのエリに着いた。
アユが躍った。その瞬間、からだが銀一色ではないことを初めて知った。目から尾びれにかけて淡い赤、青、紫が、輝いては消える。
「きれいやろ。しかも、うまい」。こう勧められ、内臓が透けて見える体長数センチの1匹をかみ砕いてのみ込んだ。しっかりした苦みがあった。
かたわらで、今江さんが魚をつまんではかごに放り込んでいた。ブラックバスとブルーギルだった。
夜が明け、最近設けた外来魚用のエリに向かった。
この日、アユの水揚げは4つの網から計85キロ、バスとギルは二つから計140キロ。体長が50センチ近い1匹のバスのふくよかな腹を割ると、アユが33匹出てきた。
午後。遠藤さんは妻祐子さん(40)と刺し網漁に出た。かつて1回で120キロのニゴロブナをあげた場所だが、14匹(約3キロ)しかかからなかった。絡まるごみの量 だけ格段に増えた。
同じころ、今江さんは自宅近くの魚の卸業者を訪ね、フナを70キロ買った。業者が四国の養殖池から仕入れたものだ。近所から頼まれ、フナずしをつくっている。「奇妙やろ。それほどニゴロブナが取れない」
遠藤さんが漁師になったのは、33歳の時だった。父の後を継ぎ左官業をした後、料理店を経営し、手元に蓄えが100万円できた。好きなことをと、刺し網を買った。
湖の異変を感じたのは、漁師になって7年が過ぎたころだ。仕掛けたエリの網の状態を調べるため、湖に潜った。
気がつくとバスに取り囲まれていた。水中で立ち泳ぎのまま一回転した。それでも離れない。鳥肌がたった。
漁師が嫌うバスが、漁師の生活を支えつつある。
昨年、遠藤さんは、大津市内に「若あゆ」という食堂を開いた。季節営業で、3月末に店を開き、秋に閉じる。コイやアユ料理の他、バスのてんぷら、フライ、薄づくりを品書 きに加えた。本来の琵琶湖の魚だけでは、品不足になるという。
遠藤さん宅に網仕立職人(77)に昨年11月、県内各地の漁師から長さ30mの目の大きな網の注文が相次いだ。計100把にのぼった。
漁師から外来魚を買い取る駆除事業をしている県は、4月から、買い取り価格を1キロ150円から350〜500円に上げる。目の大きな網はバス取り用だ。
駆除に限らない。漁師の一人は、漁や仲間から買ったバスを、放流が認められている山梨県の河口湖で売っている。別 の漁師は、バス釣り大会に出場する男性に、超大型のバス1匹を100万円で売った。数百万円の優勝賞金目当てに、自分が釣ったことにする、と聞いた。
ある日の夕食後、ビールで顔をあからめた遠藤さんは、祐子さんに「今年はどうする」と切り出した。まもなく再開する「若あゆ」でバス料理をだすのかどうかだ。
苦い出来事があった。昨年7月、店を訪れた老夫婦客がバスの揚げ物をほとんど残し、無言で帰った。食べ残しを調べると、中がまだ生だった。「バスに対するぬ ぐいがたい感情が、無意識に手抜きにつながっていた」。
漁師仲間は「バスとギルで飯食ったら、それは琵琶湖の漁師魂をなくしたとき」と言い切る。 夢はある。春はアユやモロコ、夏と秋はウナギやコイ、そして冬はビワマスだけで店を切り盛りしたい。
「今年はやめようか」と、祐子さんがつぶやいた。遠藤さんの答えは、まだ出ていない。
漁がいかにつらく楽しいか、短い期間だが行動を共にしてわかった。渚組みの4人が、漁師をずっと続けられるようにと願った。